
「能力不足の社員に辞めてもらいたいが、『不当解雇』と訴えられるのが怖い」 「面談で何を言えば『退職強要』と言われないのか?」
人事担当者や経営者の悩みは尽きません。 問題社員やローパフォーマーの存在は、組織の士気を下げ、経営に深刻な悪影響を及ぼします。しかし、日本の法律において「解雇」のハードルは極めて高く、安易な解雇は高額な慰謝料や解決金という致命的なリスクを招きます。
ですが、諦める必要はありません。正しい手順と法的知識に基づいた「退職勧奨(合意退職)」であれば、リスクを最小限に抑え、双方納得の上での円満な解決が可能です。
この記事では、退職勧奨と違法な退職勧奨(退職強要)の法的な境界線から、裁判でも負けない記録の残し方、相手を傷つけずに納得させる「面談スクリプト」までを網羅的に解説します。
法的トラブルを回避し、組織の新陳代謝を促す確実なアクションプランを、今すぐ手に入れてください。
そもそも退職勧奨とは?解雇と違法になる退職強要との決定的違い

労務実務を進める上で絶対に混同してはならないのが、「退職勧奨」「解雇」「退職強要」の3つの違いです。 この定義を曖昧にしたまま面談に臨むのは、目隠しをして地雷原を歩くようなものです。それぞれの法的な意味とリスクを整理しましょう。
退職勧奨(合法)と退職強要(違法)の境界線
「退職勧奨」(たいしょくかんしょう)とは、会社が従業員に対して「退職してくれませんか?」とお願い(合意の打診)をし、労働者の自由な意思による「合意退職」を目指す行為です。退職勧告とも呼ばれます。 あくまで「お願い」であるため、従業員には拒否する権利があり、会社は権利を尊重しなければなりません。適切に行われる限り、退職勧奨は違法ではありません。完全に適法な業務プロセスです。
一方で「退職強要」とは、労働者の自由な意思表示を侵害する行為を指します。 以下のケースは、勧奨の域を超えた「違法な退職勧奨(不法行為)」とみなされ、損害賠償や慰謝料の請求対象となります。
・「辞めないならどうなるか分かっているな」と脅迫めいた発言をする
・「辞めると言うまで部屋から出さない」と長時間拘束する
・机を叩く、大声を出すなどのパワハラ的な態度をとる
・退職勧奨を拒否しているのに、連日執拗に面談を繰り返す
退職勧奨の違法性の境界線は、「従業員が『NO』と言える環境が確保されているか」にあります。
なぜ「解雇」ではなく「退職勧奨」を選ぶべきなのか?
「面倒な手順を踏まず、解雇通知書を出せばいいのでは?」と思うかもしれません。しかし、実務上、いきなりの解雇は「最も避けるべき選択肢」です。
日本の労働契約法(第16条)には「解雇権濫用法理」という非常に厳しいルールが存在します。 「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がない解雇は無効とされ、能力不足や勤務態度不良程度では、裁判で企業側が勝つことは極めて困難です。
もし解雇が無効と判定されると、会社は以下のリスクを負います。
1. バックペイ(未払い賃金)の支払い: 解雇期間中の賃金を全額、さかのぼって支払う義務(数百万〜一千万円規模になることも)。
2.従業員の復職: 辞めさせたかった社員を、再び職場に戻さなければならない。
これに対し、「退職勧奨」による「会社都合退職」または「自己都合退職」であれば、従業員自身が同意して退職届を出しているため、後から「不当解雇だ」と覆されるリスクは極めて低くなります。 リスク管理の観点から、まずは「解雇」ではなく「退職勧奨」による解決を目指すのが、企業防衛の鉄則です。
一発でアウト!違法(退職強要)とみなされる5つのNG行動

退職勧奨は適法ですが、やり方を一歩間違えれば即座に「違法な退職勧奨」へと変貌します。 裁判所は、会社側が「どう言ったか」だけでなく、「どのような状況で行ったか」も厳しくチェックします。
ここでは、実務担当者が絶対にやってはいけない5つのNG行動(地雷)を解説します。これらを避けることが、リスク管理の第一歩です。
1. 社会通念上相当性を欠く「長時間・多数回」の面談
熱心に説得しようとするあまり、長時間拘束したり、連日呼び出したりすることは極めて危険です。 過去の判例(下関商業高校事件、全日空事件など)でも、執拗な面談は退職強要と認定されています。
・時間の目安: 1回の面談は30分〜1時間程度に留めるべきです。数時間に及ぶ説得は「監禁」に近い心理的圧迫を与えます。
・回数の目安: 本人が明確に拒否しているにもかかわらず、何度も呼び出すのはNGです。ただし、条件提示や再考を促すために数回面談すること自体は問題ありません。
2. 人格を否定する「暴言・威圧的言動」
たとえ相手に非があったとしても、人格を否定するような発言は許されません。 今の時代、面談内容は「すべて録音されている」前提で臨むべきです。従業員による身を守るための秘密録音は、裁判で証拠として採用される可能性が高いです。
【言ってはいけないNGワード】
・「給料泥棒」「穀潰し」「お前の席はない」
・「辞めないなら懲戒解雇にするぞ」(※実際に懲戒事由がない場合、脅迫やパワハラになります)
・机を叩く、書類を投げつけるなどの威圧的態度
3. 部屋に閉じ込める「監禁・退去妨害」
面談室で「辞めると言うまでここから出さない」と言ったり、ドアを塞いで帰らせないようにしたりする行為は論外です。 民事上の不法行為だけでなく、刑法上の「監禁罪」や「強要罪」に問われるリスクすらあります。
従業員が「帰りたい」「話を打ち切りたい」と言ったら、その場はいったん引き下がるのが鉄則です。
4. 退職に応じないことへの「報復人事・嫌がらせ」
退職勧奨を断った社員に対し、腹いせに行う人事措置も違法性が高いです。 特に以下のケースは違法な退職勧奨とみなされやすいです。
・退職勧奨中の自宅待機: 業務上の必要性がないのに、自宅待機を命じて賃金をカットする(または減給する)。
・追い出し部屋への配置転換: 仕事を与えない部署へ異動させる。
・過酷な業務命令: 達成不可能なノルマを課したり、雑用のみを命じたりする。
・見せしめ的な叱責: 他の社員の前で叱責し、辞めるように仕向ける。
これらは「退職に追い込むための嫌がらせ」とみなされ、慰謝料請求の対象となります。
5. 退職届の無理やりな提出要求
「今すぐここでサインしろ」と迫り、その場で退職届を書かせる行為もリスクが高いです。 本人の自由な意思に基づかない退職届は、後日「強迫によるもので無効」または「取り消し」を主張される隙を与えます。
「一度持ち帰って検討してください」とクーリング期間(考える時間)を与える余裕を見せることが、結果的に「合意退職」の有効性を補強します。
違法にならない退職勧奨の進め方・5ステップ

違法ラインを理解したところで、いよいよ具体的な実務のステップに入ります。 退職勧奨を成功させる鍵は、面談当日のテクニック以上に、「周到な事前準備」にあります。以下の5ステップを確実に踏んでください。
ステップ1:事前準備と「証拠」の整理
面談で最も重要なのは、「なぜ退職を勧めるのか」という理由を、客観的な事実に基づいて説明できることです。 感情論ではなく、データで語る必要があります。
・能力不足の証拠: ミス報告書、始末書、顧客からのクレーム記録、成績表など。
・指導の実績: 注意指導書、面談記録、メール履歴。「会社は何度も指導したが改善されなかった」という事実が最強の武器になります。
・PIP(業務改善計画): 具体的で達成可能な目標を設定し、それでも達成できなかったというPIP(Performance Improvement Plan)の実施記録があれば、裁判でも非常に有利になります。
ステップ2:退職条件(パッケージ)の設計
従業員に「辞めた方が得だ」と思わせるための条件を用意します。 何のメリットもなしに「辞めてくれ」と言われても、生活がかかっている従業員は首を縦に振りません。
・金銭的条件: 退職金の上乗せ(給与の数ヶ月分など)、解決金の支払い。
・退職理由: 「自己都合退職」ではなく「会社都合退職」扱いにすることで、失業保険(雇用保険)を待機期間なしですぐに受給できるようにする。
・その他: 有給休暇の買取、再就職支援サービスの提供など。
この「パッケージ」をカードとして切ることで、交渉を有利に進めることができます。
ステップ3:面談の実施(環境・人数・録音)
準備が整ったら、いよいよ面談です。環境設定にも細心の注意を払いましょう。
・場所: プライバシーが守られる個室。ただし、密室の圧迫感を避けるため、ガラス張りの会議室などが理想的です。
・人数: 企業側は2名が基本です(1名が話し手、1名が記録係)。1対1だと「言った言わない」になりやすく、大人数で囲むと「威圧」になります。
・録音: 会社側も必ず録音します。 これは後日、不当な発言をしていないことを証明するための防御策です。
ステップ4:条件交渉とクーリング期間
1回目の面談で決着をつけようとしてはいけません。 まずは会社の考え(退職してほしい旨)と理由、提示条件を伝え、「持ち帰って検討してもらう」のがセオリーです。
・即答を求めず、1週間程度の検討期間を与える。
・「ご家族とも相談してみてください」と促すことで、冷静に損得勘定をさせる時間を確保する。
このプロセスを経ることで、「強制されたわけではなく、熟考の末に合意した」という実績を作ることができます。
ステップ5:合意書の締結と退職手続き
従業員が退職に合意したら、単なる「退職届」ではなく、「退職合意書」を取り交わします。 ここには以下の条項を必ず盛り込んでください。
・退職日と退職事由(合意退職であることの明記)
・解決金等の支払い条件
・清算条項(「本合意書に定めるもののほか、会社と従業員の間には何の債権債務も存在しないことを確認する」という文言。後からの残業代請求などを封じます)
・守秘義務(退職の経緯や条件を口外しないこと)
相手を傷つけない退職勧奨の面談スクリプト

退職勧奨の場面において、言葉選びは非常に重要です。 人格を否定せず、あくまで「会社の方針」と「本人の適性」のミスマッチであることを伝えることで、相手の自尊心を守りながら退職へと誘導します。
以下は、能力不足を理由とする退職勧奨の面談スクリプト例です。自社の状況に合わせて調整してください。
導入:本題へのスムーズな入り方
いきなり「辞めてくれ」とは言いません。まずは現状の認識を合わせることから始めます。
「〇〇さん、今日はお時間をいただきありがとうございます。 これまで何度か面談で、業務改善について話し合ってきましたね。本日は、〇〇さんの今後のキャリアについて、会社としての考えをお伝えし、相談したいと思って場を設けました。」
理由説明:客観的事実(能力不足等)の伝え方
「あなたが嫌いだから」ではなく、「事実としてこうである」と伝えます。ここで事前準備した「証拠」が役立ちます。
「率直に申し上げますと、会社が〇〇さんに求めている成果と、現状のパフォーマンスには、残念ながら大きな開きがあります。 具体的には、過去3ヶ月で〇回発生した〇〇のミスや、〇月の指導面談で設定した目標の未達などが挙げられます。会社としても研修や配置転換などで支援してきましたが、改善が見られない状況が続いています。」
提案:退職条件(パッケージ)の提示
ここで「会社に残ることのデメリット」と「辞めることのメリット」を提示し、損得勘定に働きかけます。
「このまま今の業務を続けていただいても、会社としてはこれ以上の評価をすることは難しく、〇〇さんにとっても辛い状況が続くのではないかと懸念しています。 そこで、〇〇さんの新しいキャリアの再出発を支援するために、会社として以下の提案を用意しました。
1. 退職金に給与〇ヶ月分を上乗せします。
2. 退職理由は『会社都合』とし、失業保険の受給で不利益がないようにします。
3. 再就職のための有給消化を認めます。会社に残って成果が出ないまま過ごすよりも、この条件を受け取って、〇〇さんの強みが活かせる新しい環境を探す方が、将来にとってプラスになるのではないかと考えています。」
クロージング:拒否された場合の切り返し
相手が「辞めません」「考えさせてください」と言った場合の対応です。無理強いは絶対にNGです。
(考えたいと言われた場合) 「もちろんです。人生に関わる重要なことですから、ご家族とも相談してじっくり考えてください。回答は来週の〇曜日までにお願いします。」
(辞めないと拒否された場合) 「お意向は分かりました。退職は強制ではありません。 ただし、会社に残る以上は、先ほどお伝えした業務課題を改善していただく必要があります。来月から新たな業務改善計画(PIP)を開始しますので、求められる基準をクリアできるよう、厳しく指導していくことになります。その覚悟はありますか?」
もし「辞めない」と拒否されたら?その後の対応策

退職勧奨はあくまで「お願い」です。相手が「NO」と言えば、それ以上強制することはできません。 ここで感情的になって深追いすると、「退職強要」の泥沼にハマります。拒否された場合の正しい撤退戦と、次の一手を解説します。
深追いは禁物。一度「業務改善」のフェーズに戻る
「辞めません」と明確に拒否されたら、その場は潔く引き下がってください。 「そこをなんとか」と食い下がるのは、リスクを高めるだけです。
その代わり、「業務改善」のフェーズにモードを切り替えます。 「退職しないのであれば、会社が求める水準の成果を出してもらう必要があります」と通告し、具体的で厳しい業務改善計画(PIP)を実行します。
・日報の提出を義務付ける。
・数値目標を細かく設定し、進捗を毎日管理する。
・ミスがあれば即座に指導し、記録に残す。
これは嫌がらせではありません。「給与に見合う働きを求める」という正当なマネジメントです。 この厳しい環境に置かれることで、従業員自身が「この会社に居続けるのは辛い」「割に合わない」と悟り、自ら退職を選択するケースも多々あります。
配置転換や降格の検討
能力不足が理由であれば、配置転換や役職定年(降格)も有効な方法です。 今の部署で成果が出ないのであれば、別の部署で適性を試す(あるいは単純作業に従事させる)ことは、人事権の行使として認められます。
ただし、以下の点には注意が必要です。
・職種限定契約: 雇用契約書で職種が限定されている場合、本人の同意なしに異動させることはできません。
・権利濫用: 嫌がらせ目的が明白な「追い出し部屋」への異動は違法です。あくまで「業務上の必要性」というロジックを組み立ててください。
退職勧奨は「交渉」である。違法にならないよう準備と誠意が成功の鍵

ここまで、違法にならない退職勧奨の進め方を解説してきました。
最後に、これだけは覚えておいてください。 退職勧奨は「厄介払い」ではありません。会社と従業員、双方の未来のための「前向きな交渉」です。
準備不足のまま感情でぶつかれば、必ず失敗します。 しかし、客観的な証拠を揃え、誠意ある条件(パッケージ)を提示し、法的な手続きを踏めば、驚くほどスムーズに解決するものです。
「裁判になっても勝てる」という準備があるからこそ、自信を持って交渉のテーブルに着くことができます。 組織の健全化を守るために、覚悟を持って実行してください。
【あなたの会社が今すぐ取るべきアクション】
1. 証拠の棚卸し: 指導記録や評価シートなど、客観的な資料が揃っているか確認する。
2.パッケージの検討: 相手が首を縦に振るための「手土産(退職金上乗せ等)」を試算する。
3.専門家への相談: シナリオや合意書に法的な穴がないか、実行前に弁護士のチェックを受ける。
「問題社員への対応、自分のやり方で合っているか不安だ」 「退職合意書の作り方が分からない」。
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