目次
公示送達という手続きを行う
所在調査を行う
最後に
所在の分からない相手との間で法的トラブルが発生し、訴訟をしなければならない場合があります。代表的なのは、お金を貸した相手が所在不明となってしまったというケースでしょうか。相手の預金口座などが分かっている場合には回収の可能性がありますので、訴訟をして、預金座口座を差し押さえることが考えられます。
また、いわゆる「残置物」の処分を行う場合も考えられます。賃貸物件の賃借人が所在不明となってしまうと、物件には賃借人が置き去った家財など(これを残置物といいます。)が残されたままとなります。大家としては当然、新しい賃借人に物件を貸す必要があるため、残置物を搬出して処分しなければなりません。しかし法律上、賃借人の同意なしにこのような行為を行うことは認められません。残置物には賃借人の所有権がありますので、勝手に処分することは所有権侵害となります。大家としては、訴訟により建物の明け渡しを認める判決を得た上で、強制執行を行う必要があります。
被告が所在不明の場合でも訴訟を行うことは可能ですが、簡単に訴えを起こせるかというと、そういう訳ではありません。今回はその点についてテーマにしたいと思います。
公示送達という手続きを行う
通常であれば、訴えられた被告には裁判所から訴状が送達され、被告は裁判所へ出頭して反論を行うように、という通知がなされます。日本の民事訴訟では、「訴訟に参加する機会を適切に与える」ということが重視されており、被告へ訴状が送達されて初めて、訴訟手続きが具体的に始まるものとされています。
しかし、所在不明の相手には訴状の送達を行うことができません。この場合に民事訴訟法は、「公示送達」という手段を用意しています。公示送達というのは、被告へ訴状を送達する代わりに、裁判所の前の掲示板に書面を貼り出して被告の呼び出しを行うという手続きです。全国各地の裁判所の前には、必ず公示送達を貼り出すための掲示板があります。
ここで少し考えて頂きたいのですが、読者の皆様は、この掲示板の存在をご存じでしょうか。或いは、自分が所在不明者になったとして、訴えられているかどうかを裁判所の掲示板まで確認しに行くということはあるでしょうか。特に後者については、九割九分の方が「ノー」という答えになると思います。
実際のところ、公示送達を見て所在不明者が裁判に出てきた、という事例は耳にしたことがありません。もしそのような経験をした弁護士が居れば、それだけで法曹界では有名人となるような話です。
公示送達は、被告に対し「訴訟に参加する機会を適切に与える」ということが重要であるという点を踏まえつつも、原告の裁判を受ける権利を奪ってしまわないよう、最終手段として用意されている手続きです。その分、裁判所としては被告の所在が不明であり、訴状を直接届けることが難しいということが明らかでなければ、公示送達を認めてくれません。この点についての証拠集めが、所在不明者に対する裁判で大きな負担となるところです。
所在調査を行う
被告の所在調査においては、被告の①住所・居所、②就業場所のいずれもが不明であることを、説得力を持って裁判所に伝えなければなりません。
具体的な作業内容としては、非常に泥臭いものとなります。まず、住民票などから明らかになっている住所地を訪れ、現在の状況を調査します。家の中から人の気配がしないか、水道メーターは回っていないか、ポストに郵便物は溜まっているか、洗濯物は干していないか、といった点を調査し、写真に収めます。被告が自宅に戻っている可能性もありますので、念のためインターホンを押し、扉を叩いて呼び掛けるなど、およそ思いつく手段は(合法的である限り)全て試して調査を行うことになります。
また、近隣の方の話は大きな手掛かりとなるため、「隣の家の方を探している弁護士なのですが」といった非常に怪しい自己紹介をしつつ話を伺わなければなりません。もっとも、裁判所から求められて調査を行っているという点を丁寧にご説明すると、意外と話を聞いて頂けます。
客観的に見て以上のような調査方法は第三者の方に通報されてもおかしくないものですので、現地調査を行うときだけは、必ず襟元にバッジを付けるようにするという弁護士も多いと思います。また、被告の住所が遠方の場合には、多少費用が掛かりますが、現地調査専門の業者に依頼する場合もあります。
就業場所の調査については、過去の勤務先が判明していれば、念のため問い合わせを行う必要があります。弁護士から裁判関連の問い合わせが来るということ自体、被告の方にとってはあまり名誉なことではありませんので、管理職などの限られた方にだけ話を通せるよう、問い合わせの方法には気を遣うことになります。
最後に
公示送達は事実上、被告に裁判へ参加する機会を与えることなく訴訟を行うものであり、公示送達の判断を安易に行ったということで、国賠訴訟が提起された例もあります。裁判所としても重大な判断を行うものですから、場合によっては現地調査を何度か行うよう指示が出ることもありますし、裁判所での検討に時間を要することも多々あります。
所在不明者への裁判は決して簡単なものではありませんので、通常の訴訟よりも2~3カ月ほど送達段階で時間を要しても、おかしくないものと考えて頂くべきかと思います。
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